
「コケコッコー!」夜明けとともに響き渡るニワトリの鳴き声は、私たちにとって朝の風物詩です。しかし、複数のオスが次々と鳴き始めるこの光景には、驚くべき法則が隠されていました。名古屋大学などの研究チームが英科学誌に発表した研究により、ニワトリが鳴く順番は集団内の序列によって厳密に決まっていることが明らかになりました。一見ランダムに思える鳴き声の連鎖は、実は力の秩序によって支配された、厳格な「縦社会」の表われだったのです。
目次
科学が解き明かした「鳴く順番」の謎
夜明けを迎えると、どこからともなく聞こえてくる「コケコッコー!」というニワトリの鳴き声。一羽が鳴き始めると、まるで合図のように周囲のオスたちが次々と声を上げ始める「鳴き交わし」という現象は、古くから観察されてきました。しかし、この鳴き声にどのような規則性があるのかは、長い間謎に包まれていたのです。
名古屋大学の新村毅氏と吉村崇氏らの研究チームは、4羽の雄鶏からなる集団を28日間観察し、序列が最高位の雄鶏が毎朝最初に鳴き、その後社会的順位の高い順に鳴いていくことを発見しました。つまり、ニワトリたちは毎朝、決まった順番で鳴いていたのです。
研究者が4羽のニワトリの鳴き声を解析していたところ、偶然にも特定の1羽が必ず最初に鳴き始めることを発見し、その後の調査で、強さの順位と鳴く順番が完全に一致することが判明しました。これは、生物学的にも驚くべき発見でした。
「つつきの順位」が支配するニワトリ社会
ニワトリの世界を理解する上で欠かせないのが、「つつきの順位(ペッキングオーダー)」という概念です。この現象は、1913年にトルライフ・シェルデラップ=エッベによって初めて報告され、1938年にアレーによって「つつきの順位」と命名されました。
ニワトリは非常に社会性の高い動物で、集団を形成すると、まず激しい喧嘩が始まります。この喧嘩は一対一で行われ、トサカをくちばしでつつく、羽を広げて蹴りつけるなど、非常に激しいものです。先に背を向けて逃げた方が負けというルールのもと、総当たりで戦いが繰り広げられます。
最上位の個体はすべての個体をつつき、2位の個体は1位以外のすべてをつつくという具合に、明確な一直線の序列が形成されます。そして一度この序列が確立されると、下位の個体は上位の個体を避けるようになり、集団内の喧嘩の数は大幅に減少します。これは、無駄な争いを避け、集団の秩序を保つための、進化が生み出した知恵なのです。
最上位のオスだけが持つ「鳴く優先権」
序列のトップに立ったオスは、餌を優先的に食べたり、交尾の権利を得たりするだけでなく、朝の鳴き声のタイミングを決める優先権も持っています。これは単なる習慣ではなく、縄張りを主張し、他のオスたちに自分の存在を知らしめるための、重要な役割を果たしているのです。
興味深いのは、ニワトリの鳴くタイミングが生物学的な「体内時計」によって制御されているという点です。つまり、どのオスも本来は同じようなタイミングで鳴ける能力を持っています。しかし、序列によって、その能力を発揮できるかどうかが決まるのです。
研究者の新村氏は、体内時計が狂って1位の雄鶏が鳴く時間が前日より変動しても、2位以下の雄鶏はじっと様子をうかがって待つことを確認しました。決して1位より先に鳴くことはないのです。弱い個体は、たとえ先に目覚めたとしても、強いニワトリが鳴くまで辛抱強く待ち続けます。これはまさに、厳格な「縦社会」そのものです。
順番を間違えた時の「厳しい制裁」
では、もし下位のオスが誤って先に鳴いてしまったらどうなるのでしょうか。ごくたまに下位の個体が間違えて上位より先に鳴いてしまうことがあり、そのような失態があると、上位がすぐに寄ってきて、執拗につつくという制裁が加えられます。
これは単なる威嚇ではなく、序列を再確認し、集団の秩序を維持するための行動です。序列違反は集団全体の安定を脅かす行為とみなされ、厳しく罰せられるのです。この光景は、まるで人間社会における上下関係や礼儀を思い起こさせます。
なぜニワトリは朝に鳴くのか?複数の理由

そもそも、なぜニワトリは朝に鳴くのでしょうか。実はこれには、複数の理由が考えられています。
第一に、縄張りの主張です。オスの鳴き声は、周囲のニワトリに対して縄張りの境界を知らせ、攻撃的な遭遇のリスクを避けるための手段だと考えられています AFPBB。朝一番に大きな声で鳴くことで、他のオスに「ここは自分の縄張りだ」と宣言しているのです。
第二に、ホルモンの影響です。ニワトリは暗闇で物を見ることができず、夜の間は不安な状態で過ごします。祖先である野鶏の時代には、イタチやネコ、ヘビといった天敵が多く存在していました。そのため、早朝に明るくなったタイミングで、すぐに体を動かせるようホルモンが活性化され、鳴くという説があります。
第三に、メスへのアピールです。コケコッコーという大きな声は、オスだけが行うメスへの求愛行動でもあります。静かな早朝の時間帯に鳴くことで、メスに声が届きやすくなり、アピール効果も高まると考えられています。
序列がもたらす生物学的な意味
このような厳格な序列制度には、どのような生物学的な意味があるのでしょうか。
集団内で順位が確立されると、強いオスが優先的に餌を食べ、オスのホルモンが強く出て、鳴く回数も増えます。そして交尾の回数も増え、遺伝子を残す確率が高まります。優秀な遺伝子が次世代に継承されることで、種全体の繁栄につながるというのが、生物学的な解釈です。
また、序列が明確になることで、無駄な争いが減少し、集団全体のエネルギー消費を抑えることができます。毎日のように喧嘩をしていては、個体も集団も疲弊してしまいます。序列という「社会のルール」を確立することで、効率的に資源を分配し、集団を安定して維持できるのです。
トップが不在になると…秩序の再編成
序列が最高位の雄鶏を除外した実験では、序列が第2位の雄鶏が最初に鳴くようになりました。つまり、トップが不在になると、自動的に2位が新たなリーダーとして振る舞うのです。
これは、ニワトリ社会が極めて柔軟性のあるシステムであることを示しています。絶対的な個体に依存しているのではなく、「序列」という概念そのものが集団を統治しているのです。トップが欠けても、残されたメンバーが即座に秩序を再構築できる仕組みは、種の生存戦略として非常に合理的です。
人間社会との類似性
ニワトリの序列社会を見ていると、人間社会との類似性に驚かされます。会社組織における上下関係、学校での先輩後輩の関係、地域コミュニティでの立場…私たちの社会にも、目に見えない「序列」が存在しています。
ある研究者は、会社員時代に宴会の仕切りを任され、順番を間違えると上司から叱られた経験を振り返り、ニワトリも鳴く順番を間違えるととんでもないことになるのではと推測しました。この例えは、ニワトリの序列社会が決して他人事ではないことを示しています。
もちろん、人間社会は動物よりもはるかに複雑で、序列だけでは説明できない要素がたくさんあります。しかし、集団を維持するための基本的なメカニズムという点では、私たちもニワトリと同じような原理を共有しているのかもしれません。
この記事を通じて、毎朝聞こえる「コケコッコー」という鳴き声の背後に、こんなにも奥深い社会性と秩序が存在していたことがお分かりいただけたでしょうか。ニワトリたちは、ただランダムに鳴いているのではなく、長い進化の過程で培われた厳格なルールに従って生きているのです。
次に朝のニワトリの鳴き声を聞いたときは、その背後にある見えない序列社会を思い浮かべてみてください。きっと、いつもと違った感慨が湧いてくるはずです。