「メーデー」は、もともと春の訪れを祝うお祭りだった?

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メーデー 5月1日

「メーデー」は、もともと春の訪れを祝うお祭りだったことをご存じですか?。

「メーデー」の起源と歴史

メーデーは、もともと「五月祭」を意味する言葉で、その起源はとても古く、複数の伝統に根ざしています。
以下に、簡潔(かんけつ)に説明します。

古代ローマ時代

豊穣(ほうじょう)の女神マイアを祭り、5月1日に供物(くもつ)が捧げられていました。
夏の豊穣(ほうじょう)を予祝するお祭りとして行なわれていました。

ヨーロッパの伝統的な春祭り

ヨーロッパの春のお祭り:ヴァルプルギスの夜

ヨーロッパ各地で、キリスト教伝来以前にさかのぼる起源をもつ、春の訪れを祝う日として定着していました。
古代ローマの花の女神フローラを讃(たた)える儀式(ぎしき)に由来するとされています。

「メーデー」の労働運動への変化

この、いわば平和な春祭りが、労働者の祭典(さいてん)に変わったのは、19世紀後半のことでした。

1886年に、アメリカ・シカゴで、労働組合(ろうどうくみあい)が「8時間労働制(はちじかんろうどうせい)」を要求して統一ストライキを実施。これが、現在の「労働者の日」としてのメーデーの直接的な起源となりました。

そして、この4年後の1890年には、「第1回国際メーデー」が世界各地で開催(かいさい)されました。

日本での「メーデー」の歴史

メーデーと労働者

1920年に、上野公園で「第1回メーデー」が開催(かいさい)されました。
これが、日本での「メーデー」の始まりです。
この回には約1万人の労働者が参加し、「八時間労働制(はちじかんろうどうせい)の実施(じっし)」「失業の防止」「最低賃金法(さいていちんぎんほう)の制定(せいてい)」などを訴えました。

まとめ

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「メーデー」はもともと、春の訪れを祝うヨーロッパの伝統的なお祭りでした。
労使双方が休戦して、共に春の訪れと豊作(ほうさく)を祝う平和な祭典だったのです。
このお祭りが、近代に入って、労働者の権利を主張する日へと変化したのです。

おわりに

今日は、「メーデー」は、もともと春の訪れを祝うお祭りだったという話を書いてみましたが、いかがでしたか?

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