戦国時代に敵陣でのんきに鷹狩りをしていて命を落とした武将がいた?

戦国時代 兜

織田信長や豊臣秀吉に仕えた戦国武将・中川秀正(なかがわ ひでまさ、1569 – 1593)は、”油断”しすぎていて命を落としたことで知られています。

秀正は、織田信長の娘婿で、信長、のち豊臣秀吉に仕えました。
賤ケ岳(しずがたけ)の戦いで戦死した父の跡を継つ(ぎ)、天正(てんしょう)11年に摂津茨木(いばらき)城(大阪府)城主となり、のち播磨(はりま)(兵庫県)三木城主となりました。

その後、豊臣秀吉の命を受けて挑戦出兵し、防衛を任されましたが、1593年(文禄(ぶんろく)2年)10月24日に、江原道水原城の戦いの合間に敵陣でのんきに鷹狩りをしていたところを、敵に囲まれて死亡してしまいました。
享年(きょうねん)25歳でした。

当時は、油断が原因で討ち死にした場合、家督(かとく)が継げないという決まりがあったため、当初は、

「陣中巡視中に襲撃(しゅうげき)されて戦死」

と報告されました。
がその後、これが虚偽(きょぎ)の報告であることが露見(ろけん)。

結局、削封(さくふう、=減封)されて弟の秀成(ひでなり)があとを継いだといいます。

なお、中川秀正に関しては、文禄1年(1592年)死去説もあります。

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