貧しい庶民に、盗んだお金を分け与えていたといわれる鼠小僧だが、実は博打と女と酒に全額つぎ込んでいた?

四代目市川小團次の鼠小僧
四代目市川小團次の 鼠小僧
写真は、こちらからお借りしました。

鼠小僧次郎吉(ねずみこぞう じろきち、寛政9年(1797年) – 天保3年(1832年))は、江戸時代後期に大名屋敷を専門に荒らした窃盗犯です。

本業は鳶職(とびしょく)だったといわれ、「金に困った貧しい者に、汚職大名や悪徳商家から盗んだ金銭を分け与える」と伝えられています。

実際、10年間で95ヶ所、839回(本人の供述によるもの)という度重なる窃盗のあと、ついに彼がお縄になった際、役人による家宅捜索が行なわれましたが、盗まれたお金はほとんど見つかっていません。
くわえて、傍目から見ると、彼の生活が分をわきまえた慎ましやかなものであったことから、盗んだお金の行方について噂になり、このような伝説が生まれたものと考えられます。

現在の研究家の間では、盗んだお金は、博打(ばくち)と女と酒に全額つぎ込んでいたという説が定着しています。

ちなみに、鼠小僧次郎吉には、市中引き回しの上で処刑という判決が下されましたが、この刑は本来なら凶悪犯(放火や殺人)に適用される非常に重いものであることから、度重なる鼠小僧次郎吉の武家屋敷への侵入を許し、文字通り面子を潰(つぶ)された武家の恨みが加味された、過度の刑罰であると見る向きもあります。

参考にしたサイト
鼠小僧 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BC%A0%E5%B0%8F%E5%83%A7

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告