江戸時代一覧

「大福餅」は、3回も改名を繰り返していた? – 「大福餅」改名秘話

大福餅は、この名前に落ち着くまで、「うずら餅」と呼ばれていました。大福餅のふっくらとした形が鳥のウズラのようで、また焼いて焦(こ)げた色も、何となくうずらっぽいからでしょう。そのうち、腹がふくらんだ形なので、「腹太餅(はらぶともち)」と呼ばれるようになり、その大型のものを「大腹餅(だいふくもち)」と呼ぶようになりました。腹太よりも大腹のほうが、よりデブだったわけです。

「×」を「ペケ」と読むのは何故? – マレー語の「ペッギ(pergi)」が有力

「○」はマルと読みますが、「×」はバツともペケとも読みます。このペケという読み方は、一体どこから来ているのでしょうか?ペケの由来には諸説ありますが、マレー語の「不要」「あっちへ行け」などを意味する「ペッギ(pergi)」が語源であるという説が有力です。

江戸時代に「虫売り」のカルテルがあった?

江戸時代の元禄年間に、忠蔵という煮物や飯を売る煮売り屋がいました。彼は、根岸(ねぎし)の里(現在の上野付近)で捕らえたスズムシを持ち帰り、店の隅っこに置いていました。すると、訪れた客が盛んに欲しがるので、手間賃としてわずかなお金をもらい、分けることにしました。これが評判で、買い手は増える一方。何とか手持ちのスズムシを増やす方法はないものかと思案していた忠蔵のところへ、桐山という武士が、協力を申し出ました。この武士は虫好きで、自分でスズムシやクツワムシなどの飼育に成功していました。そして、忠蔵が発売元となり、虫売りを商売とするようになったのです。

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