日本の浄水技術が世界を支えている?

水 水資源

日本は水資源の豊かな国で、水不足になることはめったにありません。
しかしながら、世界には人口増加や砂漠化などによって、水不足に悩まされている国が数多く存在します。
そのような国で、水不足を解消するために注目されているのが、海水から真水を作る技術です。

この技術の鍵となるのが「逆浸透膜(ぎゃくしんとうまく)」です。
1nm(10億分の1m)以下の小さな穴があいたフィルムがフィルターとなって、「逆浸透」と呼ばれる現象によって、海水から真水を取り出せます。
また、細菌やウイルスを除去することもできるので、排水を浄化して真水に変えることも可能です。

この分野においては、日東電工、東レ、東洋紡の国内3社で世界シェアの5割を占めており、アルジェリアのマグタにある世界最大の逆浸透膜法海水淡水化プラントや、クウェートのスレビヤにある世界最大の下排水再利用膜法プラントは、東レの逆浸透膜を採用しています。

 
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飛行機の速度は、どうやって計測している?

飛行機

海外旅行はもちろん、国内においても今や重要な移動手段のひとつとなっている飛行機。
自動車と違って、常に地面と接触して回転するタイヤをもたない飛行機の速度は、どうやって計測しているのでしょうか?

飛行機のスピードを測(はか)る方法としては、ピトー管を使う方法が有名です。
ピトー管というのは二重の管で、内側の管は先端に、外側の管は側面に穴があいた構造になっています。
この管を風の流れに対して平行に置くと、管の先端では風がせき止められて速度がゼロになり、全圧がかかります。
一方、管の側面では空気が乱れずに流れるので、側面の穴には風の影響を受けない静圧がかかります。

そこで、ピトー管では、全圧と側圧の差を利用して、風の速度を測定します。
風の速さが増すほど、前面の全圧と側面の静圧との差が開くので、その差を計測することで風の速さを検知(けんち)できるのです。

このピトー管を飛行機の先端に取り付ければ、向かい風の速さが飛行機の速さになるので、風の速さを測るのと同じ原理で飛行機の速度が測れるのです。

ボーイング737-400に取り付けられたピトー管
ボーイング737-400の ピトー管
写真は、こちらからお借りしました。

 
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天下の悪法「生類憐れみの令」は、実は命の尊さを説く良法だった?

徳川綱吉
徳川綱吉
写真は、こちらからお借りしました。

江戸幕府の5代将軍といえば、「生類憐(しょうるいあわ)れみの令」を出した人物-徳川綱吉-です。
綱吉のことを良く知らない方でも、「人間よりも犬の命を大事にしたバカ殿」と聞けば思い出すことでしょう。

さて、綱吉はいまだに歴代最悪の将軍であるかのように語り継(つ)がれています。
何故なら、当時から綱吉を批判する者が多く、かの新井白石(あらいはくせき)も、綱吉を「悪い将軍だ」と書き残しています。

しかし、「生類憐れみの令」は、本当に悪法だったのでしょうか?

実は、当時は戦国時代の名残(なごり)からか、市中での殺人事件は珍しいものではありませんでした。
水戸黄門として知られる徳川光圀(とくがわ みつくに)でさえも、訓練のためと浮浪者を切り殺したことがあるのです。
綱吉は、当時のそんな状況を憂い、「殺生(せっしょう)を慎みなさい」とお触れを出したのです。
人間よりも犬の命を重んじたわけではないのです。

綱吉は、戌(いぬ)年生まれだったため、犬を大事にする「犬公方(いぬくぼう)」と揶揄(やゆ)されました。
しかし実際には、ほかの動物はもちろん、人間の幼児、老人の保護も積極的に行なっていたのです。
が、そんな綱吉の、「殺生を慎め」という想いは理解されることなく、60歳でこの世を去りました。

しかしながら、綱吉が亡くなり、生類憐れみの令と呼ばれる法令が取り下げられ、「前の将軍の頃は、蚊も殺せなかった」という笑い話が盛り上がっていただろう頃、変化は確実に起きていました。
江戸の治安が、劇的に良くなったのです。

綱吉の政策は、まったくのムダではありませんでした。
命を軽んじていた人の心を、変化させたのです。
そしてこの精神は、今の私たちにもつながっています。

 
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明治天皇はすり替えられていた?-大政奉還における薩長同盟の暗躍

明治天皇
写真は、こちらからお借りしました。

明治天皇は、まったくの別人にすり替えられていたという説があります。
その事件は、大政奉還(たいせいほうかん)の最中に起こりました。

最初の犠牲者になったのが、孝明天皇(こうめいてんのう)です。
長州藩(ちょうしゅうはん)を嫌悪(けんお)していた孝明天皇は、親長州派にとって都合の悪い存在でした。
そのため、天然痘(てんねんとう)に見せかけて暗殺されたのではないかといわれています。

そして、孝明天皇が崩御(ほうぎょ)され、その次の天皇として即位したのが当時14歳だった孝明天皇の息子、睦人親王(むつひとしんのう)です。
が、次の事件がここで起きていました。
本物の睦人親王も暗殺されていたのです。

事実上倒幕を果たした薩長は、次期天皇を長州に反感を抱く人物にはしたくありませんでした。
そこで、本物の睦人親王を殺し、代わりに長州藩が匿(かくま)っていた南朝の子孫、大室寅之祐(おおむろ とらのすけ)を明治天皇として仕立て上げたというのです。

これは、単なる憶測(おくそく)ではありません。この説を裏付ける根拠が存在します。

根拠1:見た目がまったく変わっている
少年期と即位後の写真では、別人のように顔が違う。
ちなみに、即位後の明治天皇は、写真嫌いで有名。

根拠2:睦人親王は虚弱体質だった
睦人親王は、幼少時から著しく虚弱であり、とても政治ができるほどの体力はないといわれていた。
が、明治天皇は体格が立派で、馬に乗るのが大好きだったという。

根拠3:南朝の正当性が認められた
南北朝時代に、皇室は南北の2つに分裂し、どちらが正統な天皇家であるかが議論されていた。
しかし明治44年に、睦人親王は、自身は北朝の血統であるのに、南朝が正統であると認めた。

根拠はこのほかにも存在しますが、果たして明治天皇は本当にすり替えられていたのか、その結論は出ていません。

参考にしたサイト
明治天皇すり替え説の信憑性はどのくらいでしょうか- Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1172394556
「田布施システム」と明治天皇替え玉説
http://matome.naver.jp/odai/2140936478223317401

 
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シマウマは、何故目立つシマ模様をしている?

シマウマ

動物たちの世界は、いわば食べる側と食べられる側が常に逆転する、まさに弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)の世界。
そのため、彼らは生き延びるために、それぞれが必死に知恵(ちえ)を絞り、敵を欺(あざむ)こうとしています。
それらはいずれも非常にユニークで、その奇想天外(きそうてんがい)さには舌を巻くばかりです。

たとえばシマウマ。
白と黒の派手な模様は、大変目立ちます。
ライオンやチーターなどの飢えた肉食獣から身を守るには、これでは「私はここにいますよ」と宣伝しているようなもので、極めて危険なのではないでしょうか?

しかしながら、そのように思うのは人間の浅はかさ。
”実は、あのシマシマは、非常に優れた保護色(ほごしょく)なのです”。

彼らが棲(す)んでいる場所を考えてみましょう。
彼らのいるアフリカのサバンナ地帯は、広くてなだらかな丘陵(きゅうりょう)の至るところに、灌木(かんぼく、=背の低い木)の茂みや背丈の高い草むらがあります。
そして、空には強烈(きょうれつ)な太陽。
そのギラギラと照りつける陽射しは、風景から色彩を奪ってしまうかのようです。

サバンナに棲む ライオン

そのような環境においては、”遠くから見た彼らのストライプ模様は、群れをなせばなすほど、草むらや灌木林のように見えるのです”。
すっかり風景と同化してしまい、シマウマがどこにいるのか、まったく見分けられないこともあるそうです。

これは、「肉食獣は最初は遠くから獲物を物色する」という特性を利用して、見事に欺いた好例といえるでしょう。

 
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