織田信長は、豊臣秀吉を「ハゲネズミ」と呼んでいた?

 

織田信長像
織田信長像

テレビの時代劇や歴史小説などで、織田信長が豊臣秀吉を「サル」と呼ぶシーンがあります。
しかしながら、当時の信長の文書を調べてみても、秀吉をサルと呼んだ記録は見当たらないようです。

この「サル」の元ネタとなっているのは、江戸時代に書かれた軍記物(ぐんきもの、=戦争・合戦を題材に、事実と空想をまじえて書いたもの)や娯楽本で、これらの信憑性(しんぴょうせい)は低いです。

信長が、秀吉の妻であるねね(生年不詳~1624)に宛(あ)てた手紙の中に、浮気した秀吉のことを「ハゲネズミ」と表した記述があります。
その内容は、以下のようなものです。

 「藤吉郎(秀吉)が、そなたに不足を申すようだが、けしからんことだ。どこを探せば、そなたのようなよい妻が、あのハゲネズミに得られるというのだろう。そなたは、やきもちをやかず、奥方として堂々としているがよい。夫を立ててやれ。ただ、女の役目として文句をいうのはいいだろう。なお、この手紙は、藤吉郎にも見せてやってくれ」

どうやらこれが、信長が秀吉につけた本当のニックネームのようです。

秀吉には、ネズミのようにチョロチョロと動き回り、髪が薄くてつけ毛をしていたとの説もあり、信長は、秀吉のそのような様子から「ハゲネズミ」と命名したのでしょう。

参考にしたサイト
信長がつけた秀吉のあだ名はハゲネズミだった : 美味しい知識の収集屋
http://blog.livedoor.jp/oobaka1/archives/52038600.html

 
Posted in 雑学 | Leave a comment

「柚子胡椒」には、胡椒はまったく入っていない?

柚子胡椒
柚子胡椒

九州名産の「柚子胡椒(ゆずこしょう)」。
爽やかな香りと、「ピリッ!」ときいた辛味が特徴の薬味です。

この柚子胡椒は、もともと大分県の農家が自家用に作っていたものです。
これが徐々に評判になり、この地域の特産品となり、やがて全国に広まっていきました。

柚子胡椒というのは、柚子の表皮を細かく刻み、唐辛子と塩を加え、1年以上熟成(じゅくせい)させて作ったものです。
なので、「胡椒」はまったく入っていません。

それでは、何故「柚子唐辛子」ではなく、「柚子胡椒」という名前がついたのでしょうか?

実は、九州の一部の地方では、古くから唐辛子のことを「胡椒」と呼んでいました。
それで、「柚子胡椒」と呼ばれるようになったのです。

Posted in 雑学 | Leave a comment

輸入牛を日本で育てれば国産牛になるって本当?

牛肉

スーパなどに並ぶ牛肉のラベルを見ると、「国産牛」「和牛」「輸入牛」などと書かれています。

まず、国産牛は、日本で生産(育成・屠殺(とさつ))された牛を指します。
そのため、どんな種類の牛でも、日本で生産されれば国産牛に分類されます。

次に、和牛は、黒毛和種(くろげわしゅ)、褐毛和種(あかげわしゅ)、日本短角種(にほんたんかくしゅ)、無角和種(むかくわしゅ)の4種類と、和牛同士の交雑種(こうざっしゅ)のことを指します。

そして、輸入牛は、国外で育てられた牛を指します。

が、ここに一種のトリックがあります。
たとえアメリカなどの国外で生まれた牛であっても、日本に運ばれたあと、屠殺されるまで3ヶ月以上育成された場合には、国産牛になってしまうのです。

Posted in お役立ち情報 | Leave a comment

NORAD名物「サンタ追跡プログラム」は、少女からかかってきた間違い電話がきっかけだった?

サンタクロース プレゼント

NORAD(ノーラッド、=北米航空宇宙防衛司令部)が「サンタ追跡」を始めたのは、1955年に少女からかかってきた1本の間違い電話がきっかけでした。

この年、コロラド州に拠点(きょてん)を置く通販企業、シアーズ・ローバックが、新聞に「サンタと話そう」という広告を掲載しました。
が、記載されていた電話番号に誤りがあり、サンタにつながるはずの電話は、なんと、NORADの前身機関であるCONAD(コーナッド、=中央防衛航空軍基地)につながってしまいました。

そしてそのとき、電話を取ったハリー・シャウプ大佐は、

「サンタさん?」

という子供の問いかけに機転をきかせ、

「レーダーによれば、サンタは今、北極から南極に向かったよ」

と応えました。

それを聞いた子供は大喜び。
これ以来、NORADは毎年、サンタ追跡のサービスを行なうようになったのだといいます。

参考にしたサイト
NORADのサンタ追跡プログラムをご存知ですか? | クールインフォ~意外な身近なお宝情報~
http://cool-info.tokyo/norad-chasing-santa-401

Posted in 雑学 | Leave a comment

「マジンガーZ」の最終回はどうなる?

永井豪(ながい ごう)の漫画・「マジンガーZ」(マジンガーゼット)のテレビアニメで、最終回はどうなるのでしょうか?

マジンガーZ
写真は、こちらからお借りしました。

地獄島で、機械獣(きかいじゅう)軍団を率いるDr.ヘルとの最終決戦に勝ち、兜甲児(かぶと  こうじ)をはじめとする光子力研究所(こうしりょくけんきゅうじょ)の人々は、つかの間の平和を満喫(まんきつ)していました。

しかし、決戦から逃げ延びたゴーゴン大公(たいこう)は、ボスであるミケーネ帝国の闇(やみ)の帝王(ていおう)のもとを訪れ、戦力が落ちた今こそ、光子力研究所を攻めるべきだと進言。
そして、闇の帝王に攻撃を命じられた部下の暗黒大将軍は、戦闘獣のグラトニオスとビラニアスを出撃させます。

戦闘獣が出現したとの報告を受け、まだ修理の済んでいないマジンガーZに代わって、弓さやかのダイアナンとボスのボスボロットが戦闘獣に立ち向かいます。
が、あえなく撤退。

さらに、甲児が怪我(けが)を押してマジンガーZで出撃するものの、機械獣よりも数倍強力な戦闘獣に歯が立ちません。
ついには、マジンガーZも倒され、光子力研究所が危機にさらされる事態となります。

そのとき、科学要塞研究所(かがくようさいけんきゅうじょ)で戦いを見守っていた甲児の父・剣蔵は、剣鉄也(つるぎ てつや)にグレートマジンガーでの出撃を命令。
グレートマジンガーは、崩壊(ほうかい)寸前の光子力研究所に現われると、マジンガーZを戦闘不能状態に追い込んだ2機の戦闘獣を軽々と撃破(げきは)。
戦いが終わると、颯爽(さっそう)と去っていきました。

その後、光子力研究所の弓博士は、さやかたちとともに科学要塞研究所に招待され、そこで治療を受ける甲児と再会。
そこで博士は、さらに剣蔵と出会い、死んだはずの剣蔵がサイボーグとして蘇(よみがえ)った事情を聞かされます。

甲児とシローの兄弟を動揺させたくないので、今は親子の再会を果たすべきではないと主張する剣蔵に対し、弓博士は甲児を、さやかとともにアメリカ留学に送り出すことを提案。
事情を知らぬまま、甲児はアメリカへと旅立ちます。

そして、ミケーネ帝国との戦いは、鉄也が操(あやつ)るグレートマジンガーに委(ゆだ)ねられることになります。

「マジンガーZ」のテレビ放送
1972年12月3日 – 1974年9月1日(全92話)

Posted in 漫画・アニメ | Leave a comment