お宝を探し当てる「ダウジング」のメカニズムとは?

ダウジング
写真は、こちらからお借りしました。

「ダウジング」とは、地下水や鉱脈(こうみゃく)などの、地面の下に埋まっている何かを探すときに行なわれているものです。
ダウジングの歴史は古く、その起源は古代ローマにまで遡(さかのぼ)ります。

ダウジングが最も行なわれたのは、中世のヨーロッパですが、今でもヨーロッパやアメリカでは日常的に行なわれているようで、日本でも、かつて地下の水道管を探すときなどに行なわれたことがありまます。

ダウジングのやり方は、きわめてシンプルです。
L字型の棒を、左右それぞれの手に持って歩き回り、その棒が震えたり、向きが変わったところで立ち止まり、その場所を掘ります。
すると、そこにお目当ての物が埋(う)まっているという次第です。

このように書くと、

「その棒に、何か特殊なセンサーがついているんじゃないの?」

と思うでしょうが、実は、ダウジングに使う棒には、何の仕掛けもありません。
センサーになっているのは、むしろ棒を持った人間の方なのです。

ダウジングがもっとも行なわれるのは、地下水のありかを探すときですが、当然、そのような場所は他の場所よりも湿度が高かったり、温度が低かったりします。
それを人間の身体が敏感に感じ取り、手に持った棒に伝わって、棒が震えるというわけです。

「それなら、棒はいらないんじゃないの?」

と思うかも知れませんが、やはり棒は必要です。
湿度や温度の微妙な変化というのは、無意識に感じとるもので、意識的に感じることは難しいからです。
そこで、手に棒を持って、身体が感じる異変を棒に伝えることで、場所を特定するのです。

これが、ダウジングの基本原理です。
昔は、棒に何らかの力が宿るのではないかと考えられていましたが、実は、棒を動かしているのは他でもない、棒を持った人間の力なのです。

このあたりは、コックリさんと同じといえます。

また、たまに宝探しがダウジングで行なわれていることもありますが、これは単なる余興(よきょう)だと思って良いでしょう。
その宝から、何らかのエネルギーが出ているならともかく、そうでなければ、棒を持っても意味はないのです。

ちなみに、日本の歴史においては、空海が錫杖(しゃくじょう)を用いて、日本各地で井戸や温泉を掘り当てたという話が伝えられています。

 
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テントウムシのド派手な模様は、敵にアピールするためのものだった?

テントウムシ

黒や赤、オレンジなどのド派手な模様で知られるテントウムシ。

テントウムシは、英語圏(えいごけん)では「ladybird(レディー・バード)」、また「lady bug(レディー・バグ)」と呼ばれますが、確かに女性のようないでたちです。
周囲の風景に溶け込むような保護色(ほごしょく)をした昆虫が多い中、テントウムシは何故、あえてこのような目立つ色模様をしているのでしょうか?

テントウムシは、敵に襲われると、足の関節から有毒のアルカノイドを含む黄色い汁を出します。
この汁は臭くて苦いため、とても食べられたものではありません。

そして、1度このマズさを知った敵は学習し、テントウムシを2度と襲ってこなくなります。

そこでテントウムシは、わざとド派手な模様を身にまとうことで、敵に、

「私は、マズくて食べられませんよ」

ということをアピールし、自分の身を敵から守っているのです。

 
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「交霊術」の子供だましな仕掛けとは?

交霊術 霊との会話

交霊術(こうれいじゅつ)――これは、絶対にありえないとはいい切れないかも知れません。
しかしながら、巷(ちまた)で行なわれているもののほとんどは、ニセモノだといわれています。

交霊術 霊媒師

洋の東西を問わず、交霊術は昔から行なわれてきましたが、ほとんどがインチキとされています。
たとえば、欧米で昔よく使われた手法で、霊媒師(れいばいし)を囲んで全員が手をつなぎ、部屋の明かりを消す。
すると、誰も手を使えないはずなのに、部屋の中のものが飛んだり、動いたりする。
これは、呼び出した霊のしわざ、という術です。

しかしこの場合、霊媒師は自分の両隣りに座っている人の手をしだいに引き寄せて、ふたりの手を重ね合わせてしまいます。
そうしておいて、空いた自分の手を使って、物を投げたり、動かしたりするのです。

タネを知れば何のことはない、こんな簡単なトリックに、多くの人たちがだまされていたのです。

また、足の爪先(つまさき)に作り物の「霊の手」をくっつけておき、テーブルの下から出して人々をビックリさせる霊媒師もいました。
ほとんど子供だましでも、ある種神秘的な雰囲気の中では、簡単にだまされてしまうようです。

日本の交霊術では、霊媒師が事前に故人のまわりの話を聞いておき、霊が降りたといってから、その話を小出しにすることが多いです。
依頼者は、事前に話したことを忘れ、

「ああ、本当にあの人だ!」

と感動します。

これも、一種の神秘状態に置かれ、雰囲気にのまれてしまっているために、だまされてしまうのでしょう。

ともあれ、今のところ、交霊術は「信じる者は救われる」の世界といえそうです。

 
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満員電車で新聞を読む、勇気ある方法とは?

満員 電車

満員電車の中でも、工夫しだいで新聞を読むことができます。
もちろん、運よく座席に座れれば苦労はありません。
問題は、空席がなく、立っていなければならないときです。

そんな場合、とりあえず隅(すみ)のほうに立つことをお勧めします。
四方が人間である場合に比べると、片側だけでも新聞を読むくらいのスペースは確保できます。

が、やむなく人に囲まれた場合には、男性よりも女性と対面する位置をとります。
というのは、一般的に女性は男性よりも背が低いので、その上の空間を利用して新聞が読めるからです。
もちろんこのやり方は、自分よりも背の低い男性の場合にも応用できます。

いずれにしても、新聞をそのままの状態にしておいては、満員電車の中で次の紙面に進めません。

そのため新聞は、乗車前にあらかじめタテに2つ折りにしておき、こまめにページをめくったり、ひっくり返したりを繰り返します。

少々新聞の角が他の人に当たったところで、怒声(どせい)が聞こえることはありません。
通常、ヤクザや政治家が満員電車に乗っていることはありませんから…。

 
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「家出のすすめ」を書いた寺山修司は、死ぬまで母親と同居していた?

寺山修司
寺山修司
写真は、こちらからお借りしました。

「家出のすすめ」「書を捨てよ、町へ出よう」などの著作で知られ、多くの若者の思想に影響を与えた寺山修司(てらやま しゅうじ、1935年 – 1983年)。
詩、俳句、戯曲(ぎきょく)、映画、競馬評論と、その活躍の広さは比類がなく、それが今なお正当な評価がなされていない原因かも知れません。

さて、寺山修司は、「家出のすすめ」において、「若者はひとりだちできる自信がついたら、まず親を捨てましょう」と語り、「母は幼い自分をおいて男と駆け落ちした」とか、「父が病死したのも母のせいだ」とか、母をまるで鬼畜(きちく)のように書いています。

また、映画「田園に死す」では、成長した自分が少年時代の田舎にもどって、母親を殺しに行く場面が物語のクライマックスになっています。

これらの寺山作品に影響されて、田舎を捨てたり、親元を離れて自活を始めたという若者が、以前は大勢いたものです。

では、当の寺山本人と母親との関係はどうなっていたかというと、意外にも、寺山が結婚していた一時期をのぞき、死ぬまで母親といっしょに住んでいたというから驚きです。

もっとも、同じアパートの1階と2階だったのですが、寺山は母を連れて食事に出たり、旅先からも土産を買って帰ったりと、素顔はなかなかの孝行息子でした。

また、寺山の主催していた劇団「天井桟敷(てんじょうさじき)」の1階で、母親が喫茶店を経営していたこともあり、劇団のお金がなくなったりすると、寺山は真っ先に母親に相談していたそうなので、むしろ、普通の親子よりも密度感の高い親子だったようです。

それでは、寺山の作品と、実生活のどちらが、本当の姿だったのでしょうか?

これは、非常に判断の難しい問題ですが、おそらくどちらも偽らざる本心だったものと思われます。

母のそばにいたいという自分と、そんな甘えを戒(いまし)める自分。
その葛藤(かっとう)が、寺山作品の原動力だったのかも知れません。

 
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