「ドクターペッパー」は、失恋したソーダ売りが医者の娘ペッパーを偲んでつくったものだった?

ドクターペッパー
写真は、こちらからお借りしました。

1885年に発売された、アメリカでもっとも古い炭酸飲料・「ドクターペッパー(Dr Pepper)」。
この飲み物が誕生した背景には、とてもロマンチックな逸話(いつわ)がありました。

1871年のこと、アメリカ・ヴァージニア州のある町で、チャールズ・ペッパーという医師が経営するドラッグストアに、ウェード・モリソンという若者が勤めていました。
彼は、ペッパーの娘と恋に落ちますが、ペッパー医師は、若すぎる2人の仲をどうしても認めようとしません。

失恋したモリソンは、ヴァージニア州を離れ、テキサス州のウェイコに移ります。
そこで彼はドラッグストアを開き、薬剤師(やくざいし)である店員のチャールズ・アルダートンとともに、新しい飲み物を考案します。
その飲み物は、ウェイコ中で評判になるほどヒットしましたが、モリソンは、なおもペッパー医師の娘を忘れることができません。

それを知った常連客は、モリソンの作ったこの飲み物を、からかい半分に「ドクターペッパー(ペッパー医師)」と呼んでいました。

いつしか、ウェイコでのドクターペッパーの名声は、ヴァージニア州のペッパー医師の元へも届きます。
そしてついに、モリソンは、ペッパー医師の娘との結婚を許されたのでした。

参考にしたサイト
[mixi]ドクペ誕生秘話 – やっぱDrPepper | mixiコミュニティ
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=459532&id=3665684

 
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「少年よ大志を抱け」で有名なクラーク博士は、破産していた?

ウィリアム・スミス・クラーク

明治の初めに、新政府がアメリカから招いた、日本ではクラーク博士として知られるウィリアム・スミス・クラーク(William Smith Clark、1826年 – 1886年)。

彼は、北海道開拓の礎(いしずえ)を築くべく開校した「札幌農学校(現在の北海道大学)」で実学(じつがく、=社会生活に実際に役立つ学問。医学・農学・法律学・経済学など)を指導し、教え子と別れる際に、あの有名な「少年よ大志を抱け(Boys, be ambitious)」の言葉を残しました。

しかしながら、このクラーク博士のその後については、意外と知られていません。

日本を離れ、アメリカに戻ったクラークは、世界一周航海の船上を教育の場にしようと考え、洋上大学の開校を企画します。
が、この計画は資金面で頓挫(とんざ)します。

その後、知人とともに鉱山会社を設立し、非合法の鉱山投機にも手を出すのですが、会社は倒産。
莫大(ばくだい)な借金を背負ってしまいます。

かくして、財産のみならず社会的信用までをも失い、くわえて晩年は心臓病にかかって寝たきりの生活となり、失意(しつい)のうちに59歳でその生涯を終えました。

死の間際には、「札幌で過ごした8ヶ月間こそ私の人生で最も輝かしい時だった」と言い残したと伝えられています。

参考にしたサイト
ウィリアム・スミス・クラーク – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/ウィリアム・スミス・クラーク

 
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キラキラネームの元祖は、森鴎外だった?

赤ちゃんの 名前

赤ちゃんの名前ランキングは、時代とともに移り変わります。
が、中には一般常識とはおよそかけ離れた名前をつける人もいるそうです。
最近では、そのような名前を「キラキラネーム」「DQN(ドキュン)ネーム」などと呼ぶようです。

さて、今から100年以上も前に、元祖(がんそ)キラキラネームとでもいうべき名前を、自分の子供につけた父親がいました。
それは、明治の文豪(ぶんごう)・森鴎外(もりおうがい、本名:森 林太郎(もり りんたろう)、1862年 – 1922年)です。

森鴎外は、5人の子供に、西洋風の名前をつけました。
長男は於菟(おと、オットー)、長女は茉莉(まり、マリー)、次男は不律(ふりつ、フリッツ)、次女は杏奴(あんぬ、アンヌ)、三男は類(るい、ルイ)です。

これは、若い頃にドイツに留学した際、本名の「林太郎」が通じず難儀(なんぎ)した経験から、海外でも通用する名前を考えたのだといいます。

ちなみに、長男の於菟も、自分の子供に真章(まくす、マックス)、富(とむ、トム)、礼於(れお、レオ)、樊須(はんす、ハンス)、常治(じょうじ、ジョージ)と、これまた西洋風の名前をつけています。

 
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落ち込んだときに、恋が生まれやすいのは何故?

結婚詐欺
結婚詐欺(けっこんさぎ)には、いろいろな手口がありますが、そのひとつに”落ち込んでいる女性を狙(ねら)え”というのがあるといいます。

落ち込んでいる理由としては、恋に破れた、仕事で失敗した、容姿に自信がないなど、いろいろあると思いますが、ともかく自信喪失(じしんそうしつ)気味の女性は、詐欺に引っかかりやすいのです。

これについては、心理学者・ウォルターの行なった、こんな実験があります。

女子大生に性格テストを受けさせて、1回目のテストが終わったら、ホールで待機(たいき)させます。
そこに、男子学生を登場させ、さりげなくデートに誘わせます。

2回目のテストが終わったところで、女子大生にテスト結果を教え、

「先ほどデートに誘ってきた男性をどう思いますか?」

とたずねます。

すると、面白いことが分かりました。

テストの成績が良かった女子大生は、特に好意を感じていないと答えましたが、成績の悪かった女子大生は、そろって好意をもっていると答えたのです。

もちろん、女子大生のテストの結果は、意図的(いとてき)に作られたもの。
要は、ウォルターのこの実験は、「人間は、落ち込んでいるときには、自分を認めてくれる人に好意を抱く」という仮説を証明するためのものだったのです。

そしてウォルターは、これを「自尊(じそん)の理論」と名づけていますが、結婚詐欺はともかく、この理論で結ばれたカップルは、けっこう多いかも知れません。

 
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世界一薄い紙は、0.02ミリだった?

土佐 典具帖紙
写真は、こちらからお借りしました。

土佐特産の和紙「典具帖紙(てんぐじょうし)」は、薄くて丈夫な紙として、かつてはタイプライター用紙として重宝されていました。
が、コピー機の普及によって、需要(じゅよう)が激減(げきげん)してしまいました。

しかしながら、2009年に、その伝統を伝える「ひだか和紙」が、機械漉(す)きによって、厚さわずか0.02ミリという、天然繊維でできた紙としては世界で最も薄い紙の開発に成功。
典具帖紙の名を、再び、表舞台に押し上げました。

典具帖紙の特徴は、薄さと丈夫さに加えて、製造過程で塩素を使用しないために劣化(れっか)しないことです。
この特徴を生かして、絵画、古文書、仏像などの修復で多く使用され、東京・浅草寺宝蔵門の吽形(うんぎょう)像をはじめとして、海外においても、スペイン、ポルトガルの図書館、西欧、中東、中国などへ活躍の幅を広げています。

 
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