沖田総司は、本当は美剣士ではなかった?

沖田 総司(おきた そうじ、天保15年(1844年)- 慶応4年5月30日(1868年7月19日)は、幕末の武士、新撰組(しんせんぐみ)一番隊組長及び撃剣師範(げっけんしはん)で、新選組隊士の中でも最強の呼び声の高い人物です。

沖田 総司を描いたと伝えられる肖像画
沖田総司
写真は、こちらからお借りしました。

その、若き天才剣士が、労咳(ろうがい)によって若くして亡くなるというドラマ性に富む生涯から、そのドラマ性をさらに高める要素として、彼を主人公とする多数の創作において、「剣にめっぽう強い上に明るい性格、その反面、病弱で色白の美青年」として描かれてきました。

が、沖田 総司の容貌に関して現在残っている肖像画は、姉ミツが孫の要をモデルに描かせたもので、生前の沖田 総司を描いたものではありません。
当時の知人の証言では、「ヒラメ顔で笑うと愛嬌があり色黒」「肩の張り上がった」「猫背」「長身」と書かれたものが残っています。

これらの記述から、沖田 総司の美青年説に異議を唱える指摘もあります。

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