
サッカーの「レッドカード」は、言葉の壁を克服するために生まれた?
1966年に行なわれたイングランド対アルゼンチンのサッカーの試合は、言葉の壁によって紛糾。イギリス人のケン・アストンが仲裁に入って収束しました。彼がこの経験を生かして作ったのが「レッドカード」でした。
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1966年に行なわれたイングランド対アルゼンチンのサッカーの試合は、言葉の壁によって紛糾。イギリス人のケン・アストンが仲裁に入って収束しました。彼がこの経験を生かして作ったのが「レッドカード」でした。
日本のプロ野球で、なんと、「28連敗」という不名誉な記録を残した選手がいます。彼の名前は権藤正利。1953年に柳川商業高校から大洋ロビンズに入団した左利きの投手です。しかし、そんな彼にも、ついに勝利の女神が微笑みかけます。
大富豪(だいふごう)のゼンダ氏が開催した、史上最大のレース。このレース中に、シカゴ兄弟に翼を斬(き)られ、パラシュートでジャングルへ降下した剛とサブは、筏(いかだ)を組み上げて、川を下っていきます。そして、コースに復帰すると、徐々に追い上げを開始します。
サッカーの監督は、プレーの時にネクタイをして、スーツを着ています。これは、何故なのでしょうか?サッカー発祥(はっしょう)の地イングランドでは、競馬場と同様、競技場が社交の場となっており、監督が正装をすることは普通です。これは、紳士のスポーツとしての礼儀といえます。
サッカーであれ野球であれ、チームの実力の差は「得点差」に現われるものです。が、以前サッカーのトップリーグで、「0対149」という信じられない得点差が記録された試合があります。この試合が行なわれたのは、アフリカ大陸の東に浮かぶマダガスカル。2002年10月31日のアデマ(ADEMA)対エミルネ(SOE)の試合で、4日前のPKでの審判(しんぱん)の判定に抗議するため、監督が選手たちにオウンゴールを入れまくるよう指示しました。