えっ? 立ち食い蕎麦は「蕎麦」ではない?

蕎麦(そば)粉100%の蕎麦のことを「十割蕎麦(とわりそば、じゅうわりそば)」、そして蕎麦粉8割に小麦粉2割の蕎麦のことを「二八蕎麦(にはちそば)」と呼ぶのはご存知かと思います。

一方、スーパーなどで売っている干し蕎麦は、蕎麦粉の含有率(がんゆうりつ)が3割未満の場合には「蕎麦」と表記することはできないと、日本農林規格(JAS)で定められています。

しかしながら、「外食」に関していえば、そのようなルールはありません。

そのため、格安の「立ち食い蕎麦」などを扱う外食店では、コストダウンのために蕎麦粉2割に小麦粉8割といった「八二蕎麦」を提供していることも少なくなく、中には、なんと「九一蕎麦」を提供していることもあります。

ここまでくると、これはもう「蕎麦」とは呼べず、しいていえば「蕎麦風味のうどん」です。
が、さすがに小麦粉がここまで多いと、蕎麦独特の色味が出ません。

そこで、着色料の出番です。
着色料を使って、蕎麦っぽく見せるのです。

また、蕎麦の実の殻(から)に近い部分を使り、香りを強調することもあるといいます。

 
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ゴルフのキャディーは、もともと貴族だった?

ゴルフのプレーで、クラブを運んだり、プレーに対する助言を与えてくれたりするキャディー(caddie)。
このキャディーの語源は、フランス語の「カデ(cadet)」であると考えられています。

カデは、もともと貴族の第2子以下の子を意味し、「しっかりとした家柄の若者」を指していました。

さて、話は16世紀に遡(さかのぼ)ります。
当時、ゴルフ好きで知られていたスコットランドの女王メアリー・スチュアートは、フランス貴族出身の若者、つまりカデにクラブを担がせてゴルフをするようになりました。

そして、このカデという言葉は、スコットランドでキャディーに変化。

かくして、ゴルフの手助けをする人を、キャディーと呼ぶようになったのです。

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「マッハGoGoGo」の最終回はどうなる?

吉田竜夫原作、タツノコプロによるテレビアニメ・「マッハGoGoGo」(マッハ ゴー ゴー ゴー)で、最終回はどうなるのでしょうか?

マッハGoGoGo
写真は、こちらからお借りしました。

大富豪(だいふごう)のゼンダ氏が開催した、史上最大のレース。
このレース中に、シカゴ兄弟に翼を斬(き)られ、パラシュートでジャングルへ降下した剛とサブは、筏(いかだ)を組み上げて、川を下っていきます。
そして、コースに復帰すると、徐々に追い上げを開始します。

そんな中、南極での雪上車(せつじょうしゃ)レースで、素性(すじょう)を隠して出場していたビアンカの雪上車が、クレバスの底に落下。
他の者は素通りしますが、フェアな勝負にこだわる剛は、ビアンカを救出します。

また、ヨーロッパでのバイクレースでは、シカゴ兄弟によって剛が再びピンチを迎えますが、彼らを助けてくれたのは、今度はビアンカでした。
彼女との交流の中で、剛は次第に彼女の正体に気づき始めます。

やがて、参加者たちはモスクワに到着。
そこからウラジオストックまでは、長距離のカーレースとなります。
が、ビアンカにガソリンを分けたため、剛はシベリアでガス欠となってしまいます。

リタイヤを覚悟する剛。
しかし、そこへ現われた覆面レーサーの助けで、剛はなんとかウラジオストックに到着。日本に向けて出航(しゅっこう)するフェリーに飛び乗ります。

この時点で、日本へ渡れたマシンは、剛、ビアンカ、シカゴ兄弟の3台のみに。
かくして、レースはクライマックスを迎えます。

ここで、懲(こ)りずに剛の妨害をしてきたシカゴ兄弟が脱落(だつらく)。
勝負は、剛とビアンカの一騎(いっき)打ちとなります。

結果、剛のマシンがトップでゴール。
大歓声に包まれる中、剛はビアンカと握手を交わします。
そして、彼女の心情を悟った剛は、金塊も結婚もどちらも辞退(じたい)することを告げるのでした。

「マッハGoGoGo」のテレビ放送
1967年4月2日 - 1968年3月31日(全52話)

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「ら抜き言葉」は既に定着している?

「なあ、『ら抜き言葉』って何だ?」「そんなことより、温泉を楽しもうぜ」
温泉を 楽しむ 猿

「ら抜き言葉」というのは、可能の意味の「見られる」を「見れる」、「来られる」を「来れる」のように、「ら」を抜いていう言い方のことです。
この言い方は、文法的には誤りとされてきましたが、話し言葉の世界では昭和の初期に現れ、戦後さらに増加し、現在まで続いています。

さて、2015年度の「国語に関する世論調査」では、ついにこの「ら抜き言葉」が多数派になる例文も登場しました。
それは、

「今年は初日の出が見れた」

という文で、「見れた」を使う人の割合が48.4%と、「見られた」を使う人の割合44.6%を上回ったのです。

そして、

「早く出れる?」

という文も、「出れる」を使う人の割合が45.1%と、「出られる」を使う人の割合44.3%を上回りました。

「ら抜き言葉」については、

1.今や若者層を中心に一般化しており、話し言葉のみならず書き言葉においてもしばしば見られるようになっている。そしてこの広がりは、今後もとどまることがないと思われる。

2.「切る」(五段)から可能動詞「切れる」が生じたことをふまえると、「着る」(上一段)から「(一人でも着物が)着れる」のような言い方が生じたとしても不自然ではない。「ら抜き言葉」の成立にはなるほどと思わせるものがある。

3.「見られる」「来られる」には、「情けない姿をあなたに見られてはずかしい」(受け身)「先生が来られたので皆静かになった」(尊敬)など、可能の意味以外の用法もあるが、「見れる」「来れる」などの言い方を用いると、受け身や尊敬などではなく可能の用法である、とはっきり区別して示すことができ、合理的である。

4.現代人の感覚にマッチした、リズムやスピード感がある。

などの理由から、現代語の標準的な言い方の中に加えてもよいのではないかとする識者(しきしゃ)も少なくありません。

参考にしたサイト
[ら抜き言葉について]| 間違いやすい言葉の正誤判定
http://www5a.biglobe.ne.jp/minnami/link41.htm

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サッカーの監督が、ネクタイにスーツ姿なのは何故?

サッカー フットボール イメージ

サッカーの監督は、プレーの時にネクタイをして、スーツを着ています。
これは、何故なのでしょうか?

サッカー発祥(はっしょう)の地イングランドでは、競馬場と同様、競技場が社交の場となっており、監督が正装をすることは普通です。
これは、紳士のスポーツとしての礼儀といえます。

Jリーグにおいては、1994年(平成6年)の実行委員会で、「監督はジャケットにネクタイを着用すること」が申し合わせ事項として確認され、翌年のリーグから実行されています。

これは、プロリーグが発足(ほっそく)して、海外のチームを迎えることが多くなり、見苦しくないようにということから決まったものです。

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