台風の上陸は、何故秋に集中している?

台風 上陸

年によっては、梅雨(つゆ)の時期に上陸したり、12月になってからも台風がやってきたりすることもありますが、普通の年は、台風の上陸は、だいたい秋に集中しています。

これは、何故なのでしょうか?

日本では、確かに台風の上陸は秋に集中しています。
が実は、”台風そのものは、一年中発生しているのです”。

台風は、熱帯性低気圧の規模(きぼ)の大きなものなので、その進行をさえぎるものがあれば、それを避けて進もうとします。

日本列島は、太平洋高気圧にすっぽり覆(おお)われていることが多いので、台風は近づこうとしてもそれてしまいます。
ところが、”8~9月になると、この太平洋高気圧の勢力(せいりょく)が衰えて、台風の通路ができます”。

そして、ちょうどこの時期に、日本の近くに台風が接近することが多いので、そのまま上陸ということになるわけです。

台風 接近上陸
写真は、こちらからお借りしました。

冬になると、日本はまた高気圧に覆われることが多くなるので、台風は近づくことができません。

 
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シャチは、音楽を聴く「肥えた耳」をもっていた?

シャチのショー
シャチの ショー

海のギャングといわれるシャチ。
シャチは、海洋生物の中では最強とも言われ、映画の「ジョーズ」でお馴染みの怖いホオジロザメでさえ、シャチには敵わないそうです。

しかしながらこのシャチ、意外なことに、愛らしい一面ももっています。
なんと、音楽を聴く肥えた耳をもっているようなのです。

シャチは、イルカの仲間なので、感度が良い耳をもっていることは以前から分かっていましたが、シャチを長年見続けてきたカナダのある研究者の実験によれば、音楽に非常によいノリを見せるそうです。

まず、シャチにベートーベンのバイオリン協奏曲を聴かせたところ、それまで静かに泳いでいたシャチが、跳(は)ねたり、仰向けに泳いだり、口をパクパクさせたり、また尾ヒレを振ったり、曲のリズムに合わせて盛んに体を動かしたりしたそうです。

これは面白いということで、その研究者はシャチにいろいろな音楽を聴かせました。
すると、どんな曲にも、シャチはよく反応したのです。

ただ、同じ曲を続けてかけると、シャチはその曲を無視するようになりました。
つまり、シャチは、一度聴いた曲は覚えているのです。

海の中では、さまざまな音が聞こえます。
そのため、同じ曲の繰り返しでは単調すぎて反応しなくなるのではないかと、その研究者は考えています。

 
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海の水がしょっぱいのは何故?

海と カモメ

海の水がしょっぱいのは、一体何故なのでしょうか?

海の水がしょっぱいのは、岩石(がんせき)に含まれる塩分が雨で溶(と)け出して、川から海へ流れ込んだためという説がよく知られています。

ところがもうひとつ、”海水の塩分はもともと地球の内部にあったもの”、という説もあります。

地球の内部というのは、マグマのことです。
高熱で、ドロドロに溶けた状態のマグマが、冷えて固まるときに、岩漿水(がんしょうすい)という、塩分をたっぷり含んだ水を残します。
この岩漿水は、陸上や海底の火山活動に伴(ともな)って、地表や海へと噴(ふ)き出されます。

そしてそれが、海水と混ざり合ったというのです。

そもそも、塩分というのは塩化ナトリウムのことです。
岩石も岩漿水も、分析すると、どちらも塩化ナトリウムが多く含まれています。
そのため、どちらの説も正しいとされています。

 
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「バッテラ」とは、もともと「舟」のことだった?

バッテラ

サバの押し寿司のことを、バッテラといいます。
バッテラの語源は、ポルトガル語で「小さな舟」です。

現在では、小舟のことをバッテラという人はいませんが、明治時代には、永井荷風(ながい かふう)の書いた小説「夏の町」に、

「その時分にはボオトの事をバッテラという人も多かった」

とあるように、小さな舟のことをバッテラといっていたのです。

バッテラをよく見ると、確かに舟のような形をしていることが分かります。
初めはこの寿司は、その形から「バッテラ形の寿司」また「バッテラ寿司」と呼ばれていたのですが、そのうちに「寿司」が取れて、単にバッテラと呼ばれるようになったのです。

そしてやがて、小船という意味のバッテラという言葉は死語になり、サバの押し寿司のバッテラだけが残ったというわけです。

 
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マラソンが「42.195キロ」なのは何故?-マラトンの戦いのときの距離ではなかった

マラソン 走る女性

陸上競技の花形であるマラソン。
このマラソンは、古代ギリシャのマラトンの戦いの故事(こじ)に由来するものとして知られています。

戦場(せんじょう)のマラトンの丘から、伝令(でんれいのフェイディビデスが戦いの勝利を伝えるために、アテナイの城門まで走り続け、伝え終わるやいなや息絶えてしまった、その美談(びだん)をたたえて競技に取り入れられたものです。

そのため、マラソンで完走する42.195キロという距離も、そのときにフェイディビデスが走った距離であると、一般には信じられているようです。

しかし、実はそうではありません。
何故なら、このときにフェイディビデスが走った距離は、36.750キロとされているからです。

1920年に行なわれた第7回オリンピックまでは、選手が走るコースの距離に関しては、40キロ前後であれば良しとされており、一定の距離には定められていなかったのです。

この距離が正式に定められたのは、1924年に行なわれた第8回パリ・オリンピックからでした。
そして、その基準にされたのは、1908年の第4回ロンドン・オリンピックのときのコースで、ウィンザー宮殿からシェファード・ブッシュ競技場のゴールまでの距離が、ちょうど42.195キロだったのです。

ここで面白いのは、このときの0.195キロという、何とも半端な数字の由来です。
このように数字に端数がある場合、普通ならば切り上げたり切り捨ててたりして、整数にするところでしょう。
が、”時のアレキサンドラ女王がウインザー宮殿の真正面でゴールを見たいということでゴールをずらした結果”、この数字になったというのです。

しかも、これをそのまま取り入れて正式なコース距離としたのは、アレキサンドラ女王のわがままもさることながら、

「時にはこんな半端な数字があってもいいだろう」

という、イギリス人のユーモア精神のなせるワザだったのかも知れません。

参考にしたサイト
マラソン1 | 旧雑談辞典
http://kazuo.fc2web.com/zatsudan/ma.htm

 
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