女性問題で失脚したボスザルがいた?

サルの 横顔

日本でも女性問題で失脚(しっきゃく)した首相がいましたが、これと同じような事件が、サルの世界でも起こっていました。

平成元年のこと、大分県大分市(おおいたけん おおいたし)にある高崎動物園で、あるボスザルがメスザルに入れ込み、肝心の政務(せいむ)をおろそかにしたあげく、ボスの座を追われてしまったのです。

ここでは、合計1972匹のサルが、A、B、C群に分かれ、それぞれのボスの統率(とうそつ)のもとに暮らしています。
今回失脚したのは、B群のボスザルのベンツで、人間でいえば30代の男ざかりです。

ベンツは、C群のメスザルと恋に落ちたのはいいものの、それ以来、C群に入りびたりになってしまいました。
これでは、

「仕事もせずに、よその女と遊んでばかりいるとは何たることか!」

と、B群の若いサルたちから反感を買うのも、無理からぬことです。

そして、久しぶりに我が家へ帰ったベンツは、とうとう部下から牙(きば)をむかれ、追放されてしまいました。

問題のメスザルは、C群のボスの母君(ははぎみ)で、人間ならば、なんと80歳のご高齢!
年に似合わず毛並みのよい美女とのことですが、なかなか計算高いようで、失脚したベンツは、あっさり振られてしまったようです。

サルの社会も、なかなかキビシイものがありますね。

 
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ニャロメの名前の由来は?

ニャロメ

赤塚不二夫の描いた、人情あふれる下町を舞台とした漫画・「もーれつア太郎」に初めて登場し、その後も同氏の数多くの作品に脇役(わきやく)として出演しているネコ、ニャロメ。
二本足で立って人間の言葉をしゃべる、口は悪くていたずら好きですが、憎(にく)めないキャラクターです。

さて、ニャロメの名前の由来(ゆらい)ですが、当時、赤塚不二夫と交流のあった人物の1人に、マンガ家で美術家のタイガー立石がいました。
そして、彼の描いた作品の中で、

「コンニャロメ!」

というセリフが、よく使われていました。

これを読んだ赤塚不二夫は、くじけてもくじけても立ち上がるニャロメにぴったりだと、この名前を採用(さいよう)したのです。

よくある質問 | 赤塚不二夫公認サイトこれでいいのだ!!
http://www.koredeiinoda.net/news/faq.html

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ガウディの教会建設の情熱は、女性恐怖症からだった?

アントニオ・ガウディ
写真は、こちらからお借りしました。

20世紀が生んだ建築家の巨匠、アントニオ・ガウディ(1852年 – 1926年)。
スペイン、カタルーニャ出身のこの建築家の作った、バルセロナの街に残る奇抜な建造物は、近年ますます世界の注目を集めています。

中でも、常識を超えたスケールで見る者を圧倒するのが、完成するまであと100年とも200年ともいわれる「サグラダ・ファミリア(聖家族教会)」です。

サグラダ・ファミリアは、熱心なキリスト教信者であるガウディの、まさにライフワークとなった作品です。
が、彼はもともと、それほど熱心なクリスチャンではなく、どちらかといえば無神論者(むしんろんしゃ)に近いほうでした。
その彼が、何故教会の建設に生涯を捧(ささ)げるようになったのか、その理由には彼の女性恐怖症が深くかかわっています。

ガウディは、若くしてその才能を期待されていましたが、容姿端麗(ようしたんれい)とはいいがたく、そのうえ女性の前ではあがり症、口下手で、建築以外の話題はもちあわせていない堅物(かたぶつ)でした。
そのため、女性の心をつかむことが非常に困難で、彼は続けざまに失恋し、最後には絶望の淵(ふち)に沈みました。

しかし、彼にも救いはやってきます。
この時期、ガウディは既に聖家族教会の建築家に就任(しゅうにん)しており、神父から説教を聞かされることが多くなっていました。
そしてある日、彼は神父から、

「人は独身でいることができるなら、それに越したことはない」

と教えを受けます。
この言葉は、ガウディにはまさに天啓(てんけい)でした。

女性のことで、いつまでもウジウジしているくらいなら、思いを断って教会の建築に全力を尽くすべきだ。そしてそれが、神の意志なのだ。
このように悟(さと)ったガウディは、その後教会建設のためだけに生き、74年の生涯を独身で通したのでした。

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イモ類の中で、ヤマイモだけが生で食べられるのは何故?

ナガイモ
ナガイモ

ジャガイモやサツマイモなど、普通イモと名のつくものは、加熱しないと食べられません。
が、ナガイモ、ヤマトイモ、ツクネイモなどのヤマイモ科のイモは、生で食べることができます。

これらのイモは、とろろにしたり、千切りにして添え物にしたりして食べるのが普通で、むしろ、煮たり焼いたりして食べる方が少ないくらいです。

ヤマイモ科のイモは、何故生で食べることができるのでしょうか?

ヤマイモ科が生で食べられる秘密は、でんぷんの変化とアミラーゼ酵素(こうそ)にあります。
でんぷん質というのは、本来であれば、加熱が必要なものです。
が、ヤマイモ科のでんぷんは、熟成(じゅくせい)する過程で、デキストリン化します。

簡単にいえば、これらのイモは、”でんぷんが既にある程度分解されているため、改めて過熱する必要がない”のです。

おまけに、アミラーゼ酵素には、体内ででんぷんをさらに分解する働きがあります。

ということで、ヤマイモ科の仲間は、でんぷんの消化吸収がとてもよいため、生で食べても大丈夫、ということなのです。

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「ドラえもん」最終回-ドラえもんが変えたのび太の人生

ドラえもん
写真は、こちらからお借りしました。

1.ドラえもんとのび太の別れ

それは、いつものように、青い空に白い雲が浮かぶ晴れた日のことでした。
のび太がふと気づくと、ドラえもんが動かなくなっていました...。

のび太には、その理由は分かりません。
話しかけたり、叩(たた)いたり、蹴(け)ったり、 しっぽを引っ張ってみたりもしたことでしょう。

が、なんの反応も示さないドラえもん。
そんなドラえもんに、のび太は次第に不安になってきます。
つき合いも長く、そして固い友情で結ばれている彼ら。

「ドラえもん...」

そしてのび太は、動かなくなったドラえもんがどういう状態にあるのか、小学生なりに理解するのです。

その夜、のび太は枕を濡(ぬ)らします。
ちょこんと、柱を背にして座っているドラえもん...。
のび太は、眠りにつくことができません。
泣き疲れて、ただぼんやりしています。

2.ドラえもんの故障(こしょう)の原因究明(げんいんきゅうめい)

翌朝、のび太は、無駄(むだ)と知りつつ、できるだけのことをしました。
それでも、何の反応も示さないドラえもん。
当然ですが、ポケットに手を入れてみたり、スペアポケットというものもありましたが、どうしても動作しないのです。

そしてふと、何故今まで気がつかなかったのか、机の引き出し、そう、タイムマシンの存在に気づくのです。
のび太は、着替えをするのももどかしく、パジャマ姿のまま、22世紀へとタイムマシンに乗り込みます。

のび太は、22世紀に着くと、何とかドラミちゃんに連絡を取りつけます。
そして、ドラえもんが動かなくなったことを伝えると、まだ完全には状況(じょうきょう)を把握(はあく)できていないドラミちゃんを連れて、急きょ20世紀に戻ってきます。

「ドラえもんが治る!」

のび太は、うれしかったことでしょう。
しかしながら、のび太はこの後、人生最大の落胆(らくたん)をすることになってしまいます。

ドラミちゃんは、動かないお兄ちゃんを見て、すぐに故障の原因が分かりました。
正確には、故障ではなく、電池切れでした。

そして、電池を交換しようとしたとき、ドラミちゃんはある重大な問題に気づいたのです。

3.いよいよクライマックス

衝撃(しょうげき)の事実!

「予備電源(よびでんげん)がない…」

のび太には、何のことか分かりません。

早く早くとせがむのび太。
そんなのび太に、ドラミちゃんは静かに伝えます。

「のび太さん、お兄ちゃんとの思い出が消えちゃってもいい?」

ドラミちゃんによれば、旧式ネコ型ロボットの耳には、電池交換時の予備電源が内蔵(ないぞう)されていて、 電池交換時にデータを保持(ほじ)しておく役割があったというのです。
が、そうです、ドラえもんには耳がない!

のび太は、事の重要性をやっと理解しました。
そしてのび太の脳裏(のうり)には、ドラえもんとの思い出が蘇(よみがえ)ってきました。
初めてドラえもんに会った日、数々の未来道具、過去へ行ったり、未来に行ったり、 恐竜(きょうりゅう)を育てたり、海底で遊んだり、宇宙で戦争もしました。
また、鏡の世界にも行きました。 どれも映画になりそうなくらいの思い出です。

そしてのび太は、ある決断(けつだん)を迫られます...。

ドラミちゃんは、いろいろ説明をしました。
ややこしい規約(きやく)で、のび太は理解に苦しみましたが、 電池を交換することでドラえもん自身はのび太との思い出が消えてしまうこと、 今のままの状態ではデータは消えないこと、また、ドラえもんの設計者は、設計者の意向(いこう)で明かされていないため、連絡して助けてもらうことはできないという、とっても不思議で特異(とくい)な規約でした。

ただ、修理(しゅうり)及び改造(かいぞう)は自由であることも、この規約には記されていました。

のび太は、ドラミちゃんにお礼をいいます。
そして、一言告げるのです。

「ドラえもんは、このままでいい」

それを聞いたドラミちゃんは、後ろ髪をひかれる思いでしたが、何もいわずに、タイムマシンに乗って去っていきました。
のび太、小学6年生の秋でした。

4.のび太の決意!

あれから、数年後...。

のび太の、何か大きく謎めいた魅力、とても力強い意志、そしてどこか淋しげな目、 眼鏡をさわるしぐさ、黄色のシャツと紺色の短パン。
しずかちゃんが惚(ほ)れるのに、時間は必要ありませんでした。

外国留学から帰国した青年のび太は、最先端(さいせんたん)の技術をもつ企業(きぎょう)に就職(しゅうしょく)し、そしてまた、めでたくしずかちゃんと結婚しました。
そして2人は、とても温かな家庭を築いていきました。

あの日ドラミちゃんが去ったあと、のび太はドラえもんは未来に帰ったと、みんなに告げていました。
そしていつしか、誰も「ドラえもん」のことは口にしなくなっていました。

しかし、のび太の家の押入には「ドラえもん」が眠っています。 あのときのまま...。

のび太は技術者として、今、「ドラえもん」の前にいるのです。
小学生の頃、成績が悪かったのび太ですが、彼なりに必死に勉強しました。
そして中学、高校、大学と進学し、かつ確実に力をつけていきました。

企業でも順調(じゅんちょう)に、ある程度の成功もしました。
そして、もっとも権威(けんい)ある大学に招かれるチャンスがあり、のび太はそれを見事にパスしていきます。
そうです、のび太にあったのは、「ドラえもんを治したい!」、その一心でした。

5.自宅の研究室にて...

あれからどれくらいの時間が経ったのでしょうか。
しずかちゃんが研究室に呼ばれました。
それまでは入ることを固く禁じられていた研究室でした。
中に入ると、夫であるのび太は微笑んでいました。

そして、机の上にあるものをみて、しずかちゃんはいいました。

「ドラちゃん...?」

のび太はいいました。

「しずか、こっちに来てごらん、今、ドラえもんのスイッチを入れるから」

のび太の頬をつたう、ひとすじの涙...。

しずかちゃんは黙って、のび太の顔を見ています。
この瞬間のために、まさにこのために、のび太は技術者になったのでした。
そしてのび太は、静かに、そして丁寧(ていねい)に・・・・、何かを確認するようにスイッチを入れました。

ほんの少しの静寂(せいじゃく)の後、長い長い時が繋(つな)がりました。

「のび太くん、宿題は済んだのかい?」

ドラえもんがいいました。

ドラえもんの設計者が誰であったのか、その謎が明らかになった瞬間でもありました。
空には、あのときと同じように、白い雲が浮かんでいました。

参考にしたサイト | 利ちゃんのちょっといい話
http://kobayashi2.fc2web.com/Goodstory/goodstory1.htm

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