サッカーの「レッドカード」は、言葉の壁を克服するために生まれた?

サッカー 試合

サッカーの試合で、主審(しゅしん)がイエローカードを出すようになったきっかけは、1966年に開催されたワールドカップ・イングランド大会準々決勝、イングランド対アルゼンチンの試合だったといわれています。

この試合は、ラフプレーの絶えない大乱戦となり、アルゼンチンのアントニオ・ラティン主将が退場宣告を受ける事態となりました。

その際、ラティン主将は、主審にスペイン語の通訳を呼ぶよう要請したのですが、主審はドイツ語しか分からないため、ラティンに威嚇(いかく)されていると誤解し、事態は紛糾(ふんきゅう)。

結局、線審(せんしん)を務めていたイギリス人ケン・アストンがスペイン語を話せたため、彼らの仲裁に入り、事態は収束しました。

このときアストンは、言葉が通じなくても理解できる合図の必要性を痛感。
誰にでも理解できる信号機をヒントにして、警告なら「黄色」、退場なら「赤色」の紙を出すことを考案します。

このアイディアは1968年のメキシコ五輪で採用され、ワールドカップでは1970年のメキシコ大会から正式に導入されることになりました。

そして現在、レッドカードは、イエローカードとともに、サッカー以外でもラグビーやバレーボールなど、幅広いスポーツ競技で使用されています。

ちなみに、市販されているレッドカードは、縦10.5センチメートル×横7.5センチメートルのプラスチック製(樹脂製)のものが主流となっています。

表面の赤色は、視認性(しにんせい)を考えて蛍光色となっており、裏面にはカードが提示された選手の背番号、提示理由、時刻を記入する欄入りのシールが貼られています。

 
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主人:「今、見てた?」犬:「見てないワン!」…食事をチラ見する犬

今日は、面白YouTube動画のご紹介です。
ご主人様がごちそうを食べようとしているのを、物欲しそうに見つめる犬。
おそらく、人間の食べ物をむやみに欲しがってはいけないと、躾(しつ)けられているのでしょう。

飼い主の男性が目を合わせるたびに、「見てないワン!」と視線を外(はず)す、キュートな映像をご覧ください。


My dog likes to look at me while I eat, until I catch him and he looks away from me


男性「今、こっち見てた?」 犬「見てないワン」


男性「それじゃ食べるか……」 犬「チラッ」


男性「フェイント!」 犬「あっ!」


男性「……」 犬「見てない、ボク、何も見てないワン」


男性「それじゃあ、パクッ!」 犬「じーーっ」


男性「今、こっち見てたろ?」 犬「見てない。何ーんにも見てないワン」

と、こんなやり取りを延々と続ける、1人と1匹でした。

いやーしかし、飼い犬のすぐ隣りで食事をするなんて、これは酷(こく)ですねー。【><】
というより、これって、見ているぶんには面白いですが、一種の動物虐待になるのでは?(?_?)

しつけ上、むやみに与えるわけにはいかないかもしれませんが、もしも私がこの犬だったら…、
もう、たまらんワン。(ToT)

参考にしたサイト
食事中の飼い主「今、見てた?」犬「見てないよ!」…チラ見がばれないようにする犬
http://labaq.com/archives/51865292.html

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「超電磁ロボコン・バトラーV」の最終回はどうなる?

八手三郎(やつで さぶろう、はって さぶろう)原作のロボットアニメ・「超電磁ロボコン・バトラーV」(ちょうでんじロボ コン・バトラーブイ)で、最終回はどうなるのでしょうか?

超電磁ロボ コン・バトラーV イメージ
写真はこちらからお借りしました。

キャンベル星から送り込まれた女帝(じょてい)ジャネラは、爆弾(ばくだん)を使ってコン・バトラーVの破壊(はかい)を計画します。
しかし、豹馬(ひょうま)たちを指揮(しき)する四ッ谷博士の機転で、基地の南原(なんばら)コネクションを犠牲にすることでコン・バトラーVの爆破を回避。
そして四ツ谷博士は、サブコネクションに脱出して生き残ります。

作戦の失敗を悟(さと)ったジャネラは、平和主義者によるクーデターが発生したキャンベル星からの帰還命令(きかんめいれい)を無視。
総統(そうとう)ワルキメデスの脳を移植したロボットたちを伴なってセント・マグマに乗り込むと、3機のマグマ獣を率いて総統自ら出陣(しゅつじん)します。

敵機の知らせを受けて出撃したコン・バトラーVは、先手必勝とばかりに、いきなりセント・マグマに必殺技である超電磁スピンを仕掛けます。
が、あっけなく弾き返されたうえ、合体した3機のマグマ獣の前に苦戦(くせん)を強いられてしまいます。

コン・バトラーVは、すべての武器を同時に発射して合体マグマ獣に反撃。
必殺技のグランダッシャーで撃退(げきたい)します。

コンバトラーは、続いて攻撃してきたセント・マグマに動きを封じられてしまいますが、ここで四ツ谷博士の操縦するサブコネクションが加勢し、危機を脱出。
ほとんどエネルギーの残っていない中、サブコネクションの加速力を利用して超電磁スピンを繰り出し、セント・マグマを退けます。

だが、豹馬たちがこれで勝利したと思ったのも束(つか)の間、地球を爆発させるアームボムが発動。
そして、ジャネラから、あと10分で地球が第2の太陽と化すことを聞かされます。

その後、ジャネラは隙(すき)を見て宇宙へ脱出しようとしますが、意志がないはずのワルキメデスに裏切られて失敗。
セント・マグマとともに爆死します。

破局的(はきょくてき)状況に陥(おちい)り、もはや打つ手もなく、すべてを諦める豹馬たち。
がその時、キャンベル星から平和主義者のデウスが飛来。
デウスは、アームボームを消滅させて、地球を守るのでした……。

「超電磁ロボコン・バトラーV」のテレビ放送
1976年4月17日 – 1977年5月28日(全54話)

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乗客が「魚」という列車がある?-時刻表には載っていない幻の列車

一見、普通の通勤電車にしか見えませんが、行く先を知らせる方向幕を見ると、「鮮魚」の文字が。
近畿日本鉄道には、時刻表には掲載されていない、そんな列車が存在します。

鮮魚列車
鮮魚列車 魚専用車両
写真はこちらからお借りしました。

この列車の正体は、三重県の漁港で仕入れた新鮮な海の幸を、奈良や大阪へ運ぶための通称「鮮魚列車」。
1963年(昭和38年)9月21日に、伊勢志摩漁行商組合連合会の貸切り車両として運行が開始されました。

「鮮魚列車」が作られたそもそもの発端は、魚を通常の列車に持ち込むと、車両内に魚臭が立ちこめ、他の乗客の迷惑となるためです。
そこで考案されたのが、魚を運ぶ専用の「鮮魚列車」。
魚介類行商人用の列車です。

鮮魚列車は、伊勢志摩魚行商組合連合会の会員たちが、お金を出し合って運行している貸切列車。
そのため、一般のお客は乗ることができません。

車内には、関係者以外を除いてほとんど乗客は乗っておらず、広告やつり革が一切ありません。
新鮮な魚介類(ぎょかいるい)の入った発砲スチロールや段ボールなどが積み重ねられています。

魚介類は当初、「カン」と呼ばれるブリキの箱に入れることになっていました。
これは、連合会の規約で、車内を汚さないようにすることが規定されているためです。
しかしながら、現在では発砲スチロールが使われるようになっています。

この列車は、早朝に宇治山田駅を出発し、約2時間半をかけて大阪に到着します。
中には、朝は鮮魚列車よりも早い時間に運行される始発列車を乗り継ぎ、伊勢地方から大阪へ向かう会員もいます。

鮮魚列車は、最盛期には200人を越える利用者がいましたが、最近では半数以下になっています。
自動車利用の増加や行商人の高齢化、そして後継者不足などのためです。

が、現在でも、地域の足として日曜・祝日を除く平日に1日1往復、運行されています。

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「小便小僧」の正体は?-ブリュッセルにある「ジュリアン坊や像」がルーツだった

日本では公園や街角に設置されている「小便小僧(しょうべんこぞう)」。
意外なところでは、山手線外回り・京浜東北線(けいひんとうほくせん)南行ホーム(3・4番線ホーム)の田町(たまち)寄りにも置かれています。

浜松駅の小便小僧
浜松駅 ホーム に ある 小便小僧
写真は、こちらからお借りしました。

さて、この小便小僧のルーツは、ベルギーの首都ブリュッセルにある身長56センチの「ジュリアン坊や」にありました。

話は、12世紀半ばまで遡(さかのぼ)ります。
当時、ベルギーのフランドル地方の王様が死去した際、生後数ヶ月の王子が、兵士たちを鼓舞(こぶ)するために、戦地に連れて行かれました。

そして、戦況が悪化し、兵士の士気が下がっていたそのとき、なんと、揺りかごにいたこの王子が、突然立ち上がって放尿したのです!

それを見た兵士たちは、その姿に鼓舞され、たちまち士気が回復。
見事、その戦いに勝利することができました。
これが、ジュリアン坊やのモデルになったのだといいます。

ブリュッセルのジュリアン坊や像
ブリュッセル に ある ジュリアン坊や 像
写真は、こちらからお借りしました。

他の説としては、ブリュッセルの市庁舎(しちょうしゃ)に爆弾が仕掛けられた際、ある坊やが導火線におしっこをかけ、その爆発を防いだという話も伝えられています。

いずれにしても、ジュリアン坊やは、放尿することで国を守った”英雄”だったのです。

なお、このジュリアン坊や像は、1619年にフラマン人の彫刻家(ちょうこくか)・ジェローム・デュケノワ(Jerôme Duquesnoy)によって建立されましたが、残念ながらオリジナルは1960年に紛失。
現在の銅像は、レプリカだということです。

ちなみに、ブリュッセルのこの小便小僧-ジュリアン坊やから大広場を挟(はさ)んだ反対側の路地には、「小便少女」の像もあります。
こちらは小便小僧に便乗して設置されたものですが、人気は今一のようです。

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