「ふしぎなメルモ」の最終回はどうなる?

手塚治虫(てづか おさむ)の少女漫画・「ふしぎなメルモ」のテレビアニメで、最終回はどうなるのでしょうか?

ふしぎなメルモ
写真は、こちらからお借りしました。

これまでメルモを助けてきた、不思議な力のある赤と青のミラクルキャンディー。
食べると10歳若返る赤いキャンディーと、食べると10歳年をとる青いキャンディー。
天国のママからもらったこのキャンディーのお蔭(かげ)で、メルモは幼(おさな)い弟たちとともに、何とか暮らしてこれたのです。
しかし、そのキャンディーも、ついに、残り2つになってしまいました。

そこで、天国のママは、神様にキャンディーの補充(ほじゅう)を頼みます。
が、神様は、いつまでもキャンディーの力に頼るべきではないと告げます。
それを聞いたママは、それならば、せめてメルモにひと目会いたいと懇願(こんがん)するのですが…。

その頃、地上ではメルモたちの面倒(めんどう)をみてくれていたワレガラス博士が、チッチャイナ国への帰国を決意していました。
祖国で革命(かくめい)を起こした彼の親友が、博士に国の再建の手助けを頼んできたからです。
メルモたちを心配する博士は、彼女たちに一緒にチッチャイナ国へ来ないかと提案(ていあん)するのでした。

そんな中、メルモの同級生の二郎のパーティーが開かれます。
弟のトトオ、タッチとともに、メルモは二郎の家を訪れます。
が、パーティーの華やかさに気後(きおく)れし、メルモは途中で帰ろうとします。
すると、そんな彼女を、二郎の母親が呼びとめます。
そして、メルモたち兄弟は、二郎の父母から、この家で一緒に暮らそうと提案されます。

こうして、メルモ、トトオ、タッチの3人は、二郎の家に引き取られることになりました。

それから15年後、メルモは二郎と結婚し、女の子を出産。
彼女のもとには、ワレガラス博士からもお祝いの手紙が届きます。
一方、長い月日は経ったものの、あの残りの2つのキャンディーは、大切に保管されていました。

さらに1年後のある日、事件が起こります。
メルモがちょっと目を離した隙(すき)に、娘が箱の中のキャンディーを誤って食べてしまうのです。
慌(あわ)てふためくメルモ。
しかし、娘の身体(からだ)はみるみる大きくなると、メルモの母の姿となりました。

こうして、永久に別れたはずのメルモと母は、神様の計らいで1分間だけの再会を果たすのでした……。

「ふしぎなメルモ」のテレビ放送
11971年10月3日 – 1972年3月26日(全26話)

 
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7つの県しかないのに、「九州」と呼ぶのは何故?

九州
四国は、香川・徳島・愛媛(えひめ)・高知と4つの県があるので「四国」といいます。

それでは、九州はどうでしょうか?

九州は、福岡、佐賀、長崎、大分(おおいた)、熊本、宮崎、鹿児島。

あれっ? 7つしかありませんね。
県が7つしかないにもかかわらず、「九州」と呼ぶのは何故なのでしょうか?

これは、九州が、明治時代まで、筑前(ちくぜん)・筑後(ちくご)・豊前(ぶぜん)・豊後(ぶんご)・肥前(ひぜん)・肥後(ひご)・日向(ひゅうが)・大隅(おおすみ)・薩摩(さつま)という、9つの国に分かれていたことに由来します。

九州は、1871年(明治4年)に行なわれた廃藩置県(はいはんちけん)で、現在の7県へと移行しました。
が、呼び名の方は、昔から慣れ親しんでいる「九州」が、そのまま使われているのです。

なお、「九州」ではなく、「九州地方」という場合には、通常沖縄県を含めた8県を指します。

 
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「ピンハネ」していいのは金銭の1割だけ?

ピンハネ

「ピンハネ」という言葉があります。
「他人に渡すべき金銭などから一部を取って自分のものにすること」「上前(うわまえ)をはねること」という意味ですが、この語源にはポルトガル語が関係しています。

ピンハネの「ピン」は、ポルトガル語の「ピンタ(Pinta)」を略した言葉です。
「ピンタ」というのは、16世紀に日本に持ち込まれたトランプの一種で、「かるた」の語源にもなった「カルタ」の1の札のことを指します。

ここから、「1割りの上前(うわまえ)をはねる」という意味で、ピンハネという言葉が生まれたのです。

なので、1割以上を搾取(さくしゅ)する場合は、本来「ピンハネ」とはいいません。

 
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エベレストの標高は、測量するたびに変わっている?

エベレスト

世界で一番高い山といえば、いわずと知れたエベレスト。
ネパールと中国にまたがる、チベットではチョモランマと呼ばれる、世界最高峰の山です。

このエベレストですが、百科事典などを見ると、多くはその標高を8848メートルとしています。
これは、1954年に、インド測量局(Survey of India)が経緯儀(けいいぎ)を使った三角測量で出した数値です。
そして、これが公式標高として定着しています。

しかしながら、1999年に全米地理学協会がGPSで測定したところ、実は8850メートルだということが判明。

さらに、2005年には、30年前に8848メートルと測定した中国が、山頂にある雪氷の厚さを差し引いた8844メートルだと発表しました。

このように、エベレストの標高は、測量のたびにコロコロ変わっているのです。

ちなみに、エベレストという名前は、前述のインド測量局で長官を務めたジョージ・エベレスト(Sir George Everest、1790年 – 1866年)にちなんで命名されました。

ジョージ・エベレスト
ジョージ・エベレスト
写真は、こちらからお借りしました。

 
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 「藪医者」とは、もともと名医のことだった?

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「藪医者(やぶいしゃ)」という、「ヘタな医者、腕の悪い医者」を意味する言葉があります。
が、この言葉はもともと、「腕の良い医者」を表わす言葉でした。

江戸時代中期に松尾芭蕉の弟子だった森川許六(もりかわ きょろく)の編纂(へんさん)した「風俗文選(ふうぞくもんぜん)」によれば、かつては但馬国(たじまのくに、=現在の兵庫県北部)の養父(やぶ)にいた名医を指す言葉だったといいます。

しかしながら、あまりに評判が高くなったことから、「養父から来た医者」を自称するニセモノが続出。
いいかげんな治療をして、高額の治療代を請求。
かくして、「養父医者」の名声は地に落ち、ついには社会問題にまで発展してしまいました。

そしていつしか、この言葉は腕の悪い医者の代名詞となってしまったといいます。

 
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