サッカーの「レッドカード」は、言葉の壁を克服するために生まれた?

サッカー 試合

サッカーの試合で、主審(しゅしん)がイエローカードを出すようになったきっかけは、1966年に開催されたワールドカップ・イングランド大会準々決勝、イングランド対アルゼンチンの試合だったといわれています。

この試合は、ラフプレーの絶えない大乱戦となり、アルゼンチンのアントニオ・ラティン主将が退場宣告を受ける事態となりました。

その際、ラティン主将は、主審にスペイン語の通訳を呼ぶよう要請したのですが、主審はドイツ語しか分からないため、ラティンに威嚇(いかく)されていると誤解し、事態は紛糾(ふんきゅう)。

結局、線審(せんしん)を務めていたイギリス人ケン・アストンがスペイン語を話せたため、彼らの仲裁に入り、事態は収束しました。

このときアストンは、言葉が通じなくても理解できる合図の必要性を痛感。
誰にでも理解できる信号機をヒントにして、警告なら「黄色」、退場なら「赤色」の紙を出すことを考案します。

このアイディアは1968年のメキシコ五輪で採用され、ワールドカップでは1970年のメキシコ大会から正式に導入されることになりました。

そして現在、レッドカードは、イエローカードとともに、サッカー以外でもラグビーやバレーボールなど、幅広いスポーツ競技で使用されています。

ちなみに、市販されているレッドカードは、縦10.5センチメートル×横7.5センチメートルのプラスチック製(樹脂製)のものが主流となっています。

表面の赤色は、視認性(しにんせい)を考えて蛍光色となっており、裏面にはカードが提示された選手の背番号、提示理由、時刻を記入する欄入りのシールが貼られています。

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