江戸時代にあった虫売りのカルテル?

スズムシ

スズムシやマツムシ、コオロギといった虫の鳴き声を観賞用に聞くのは、日本人だけだといわれています。
日本では、虫の声は古くから歌に詠(よ)まれており、戦いに明け暮れた安土・桃山時代でさえ、武将(ぶしょう)たちがスズムシを飼って、心の慰めにしたといいます。

さて、江戸時代の元禄年間に、神田須田町に忠蔵という煮物や飯を売る煮売り屋がいました。
彼は、根岸(ねぎし)の里(現在の上野付近)で捕らえたスズムシを持ち帰り、店の隅っこに置いていました。

すると、訪れた客が盛んに欲しがるので、手間賃としてわずかなお金をもらい、分けることにしました。
これが評判で、買い手は増える一方。
探し回るのも忙しくなり、何とか手持ちのスズムシを増やす方法はないものかと思案していた忠蔵のところへ、近くに住んでいた桐山という武士が、協力を申し出ました。

実は、この武士は虫好きで、自分でスズムシやクツワムシなどの飼育に成功していました。
彼は、これを機に武士から生産者へと転職。
そして、忠蔵が発売元となり、虫売りを商売とするようになったのです。

その後、ここから何人かがのれん分けをしてもらい、文政年間には江戸市中の虫売り人の数を36人に制限。
「江戸虫講」という、一種の組合を作ったということです。

上野の「虫源」、早稲田の「湯本」、浅草の「虫徳」などの老舗(しにせ)が、昭和に入ってからも続いていました。

 

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