ペンネームに苦労した井上ひさし?-この名前に落ち着くまでのエピソードあれこれ

井上ひさし
井上ひさし
写真は、こちらからお借りしました。

作家・井上ひさし(いのうえ ひさし、1934年 – 2010年)といえば、おそらく知らない方はいないでしょう。
一度聞いたら忘れられないような、インパクトのある名前です。

しかしながら、この名前に決まるまでに、当人はずいぶん苦労したようです。

もともと、井上ひさしの「ひさし」は「廈」という字でした。
が、これを正しく読んでくれる人はおらず、「か」とか、「草履(ぞうり)」という文字のイメージから「ぞうり」と読まれたりしたそうです。

くわえて、井上ひさし自身、名刺を渡すたびにこの字の読み方を説明しなければならず、これがまた大変。

「夏に庇(ひさし)をかけているのでひさしと読むのです」

と、分かったような分からないような説明をしていたそうです。

放送作家として脚本を書いていた頃は、なるべくこの「井上廈」の名前を使っていたようですが、結婚することになったとき、その手続きをすすめるうえで、名前の問題があれこれ起こってきました。

そして、これをきっかけに、氏はやたらと名前を変えるようになりました。

最初は、平凡に「井上ひさし」、次は、その頃チャールズ・ディケンズには傾倒(けいとう)していたことから「チャールズ井上」、続いては日本一原稿が早いという売り込みをかねて、「原公林(げんこうはやし)、日本一」。

また、同じ発想で「林原公一(はやしはら こういち)」、続いては、原稿の手直しは風のように早いという意味で、「風早直志(かぜはや なおし)」。

また、その頃売り出していた「スマイリー小原」をもじって「クイックリー井上」。
これも同様に、原稿を書くのは早いという宣伝だったようです。

他には、「小松滋(こまつ しげる)」と名乗ったこともあります。
これは単に、3文字の名前にしたかったためだといいます。

が、ここまでくるともう、氏と一緒に仕事をする人たちには、一体どれが彼の本当の名前なのか、何が何だか訳が分からなくなります。

そして、こんな風にペンネームを何度も変えて原稿を書いていて、一番迷惑したのは放送局の庶務課(しょむか)。
最後には、こう名前をしょっちゅう変えられては、伝票の訂正が大変だからやめてくれと苦情がきました。

そこで仕方なく、

「実は、井上ひさしか小松滋のどちらかにしようと思っているのですが……」

といったところ、以下のような返事が返ってきました。

「庶務課としては、小松滋は28画ですが、井上ひさしは11画ですから、そちらの方が助かります。小松滋を1回書く時間で、井上ひさしを2回以上書けますからね」

それでついに、「井上ひさし」に落ち着いたということです。

 

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