アントニオ猪木の「闘魂ビンタ」の始まりは?

アントニオ猪木 闘魂ビンタ
写真は、こちらからお借りしました。

1990年(平成2年)5月16日のこと、当時国会議員だったアントニオ猪木は、早稲田予備校で行なわれた講演で、予備校生たちのパンチを腹部に受ける余興(よきょう)を行ないました。

が、その中の1人は、実は少林寺拳法(しょうりんじけんぽう)の有段者で、力を込めて殴ったため、この不意打ちに準備できなかったアントニオ猪木は、反射的に予備校生にビンタを打ってしまいました。

これは、国会議員による暴力事件とも取れますが、その予備校生は猪木のファンだったようで、ビンタを受けた直後に、

「ありがとうございました」

と一礼したことで事なきを得ました。

この様子は、テレビ中継されており、全国に流れました。

その後、縁起が良いと、東大受験生が受験前にアントニオ猪木にビンタをお願いし、全員合格を果たしたことから、縁起ものの「闘魂(とうこん)ビンタ」が生まれたというわけです。

「闘魂ビンタ」はその後も有名になり、女性の有名人までも、テレビ番組中に猪木に闘魂ビンタをねだるまでになりました。
本人によれば、国際線のスチュワーデスから「闘魂注入ビンタしてください」と頼まれて、飛行機の中でしたこともあるそうです。

また、一時期は、若い女性ファンからビンタではなくキスをして欲しいとせがまれ、その後他の女性たちからも次々にせがまれるという現象が起こりました。
これは、「闘魂注入キス」と呼ばれました。

なお、アントニオ猪木が、試合以外で一般人に初めてビンタを見舞った相手は、当時のテレビ朝日のアナウンサー・佐々木正洋(ささき  まさひろ)です。
1990年2月10日の東京ドーム大会において、アントニオ猪木&坂口征二vs橋本真也&蝶野正洋(ちょうの まさひろ)戦の試合前の控室で、「ワールドプロレスリング」のリポーター担当として、

「もし負けるということがあると、これは「勝負は時の運」という言葉ですまないことになりますが」

と質問した佐々木正洋に激怒(げきど)し、

「出る前に負けることを考えるバカいるかよ!」

と、ビンタを見舞ったのが最初だといわれています。

参考にしたサイト
アントニオ猪木 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/アントニオ猪木

 

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